台湾には何度か来たことがありますが、高雄の街を歩くのは、このときが初めてでした。
知らない街を歩くときは、少しだけ不安で、それ以上にワクワクしますよね。
この日もランチを食べようと、事前に調べていた店へ向かっていました。
ちょうど店の前まで来たところで、中から一組のカップルが出てきました。
せっかくだからと、声をかけてみます。
「ここの料理、おいしかった?」
返ってきたのは、予想していなかった答えでした。
「あっちの個人店のほうがおいしいよ!」
そう言われたら、行ってみたくなる。
旅先では、こんな偶然に乗ってみるのもいいものです。
教えてもらった店へ

教えてもらったのは、「黄家美食」というお店。
観光客向けというより、地元の人たちが普段から使っているような、小さなお店でした。
店頭には厨房があり、料理を作る様子がそのまま見えます。
せいろから立ち上がる湯気。
食材を扱う手。
調理器具の音。
目の前で次々と料理ができあがっていく様子を見ていると、自然とカメラを向けたくなりました。
まずは、ひと言。
「撮ってもいいですか?」
すると、
「慣れてないけど、構わないよ!」
と、笑って答えてくれました。

注文した料理を待つあいだも、厨房で働く姿を撮らせてもらいました。
「こんなに撮影されることはないよ(笑)」
そんなことを言いながら、また次の料理を作りはじめる。
その自然な姿が、とても印象に残っています。
ローカル飯のおいしさは、料理だけじゃない




厨房を見ていて惹かれたのは、料理そのものだけではありませんでした。
食材を取る。
包む。
蒸す。
そして、次の料理に手を伸ばす。
止まることなく続いていく、一連の動き。
その様子をファインダー越しに追いながら、
「これが、“おいしい”の裏側なんだな」
と思いました。
旅先でローカルな店に入る面白さは、味だけではないのかもしれません。
店の空気。
そこで働く人の姿。
料理ができあがるまでの音や匂い。
そうしたものまで含めて、一つの食事として記憶に残っていく。
不思議なもので、カメラを持っていると、料理より先に人の手元を追っていることがあります。
ただ食べるだけなら、きっと数十分で通り過ぎてしまう時間。
でも、撮ろうとすると、少しだけ長く見るようになる。
私が残しておきたいと思うのは、たぶん、こういう時間なのだと思います。
蒸気の向こうにあった料理


この日食べた中で、特に印象に残っているのは、やはり点心です。
湯気の立つせいろから運ばれてきた料理は、派手ではないけれど、素直においしい。
目の前で作られていく姿を見ていたからでしょうか。
いつもより少しだけ、おいしく感じました。


炒飯。
空芯菜。
点心。
料理そのものの味。
店の音。
調理していた人の姿。
そして、偶然この店を教えてくれたカップルのこと。
一皿を食べながら、いくつもの出来事が重なっていきました。
予定になかった場所ほど、覚えている
黄家美食は、もともと行く予定だった店ではありません。
たまたま声をかけた人から、
「あっちのほうがおいしいよ」
と教えてもらった。
ただ、それだけです。
でも、そのひと言がなければ、この厨房を見ることも、そこで働く人を撮ることもありませんでした。
予定通りに動いていたら、きっと出会えなかった場所です。
旅をしていると、あとから思い返したときに、目的地そのものよりも、こうした寄り道のほうが強く残っていることがあります。
ガイドブックで調べた店へ行くのも楽しい。
でも、誰かに教えてもらった店に入ったり、知らない路地で気になる店を見つけたりするのも、旅の面白さです。
予定になかった場所で、予定になかった景色に出会う。
そして、そこにカメラがあると、その時間をもう少しだけ長く見ていられる。
この日の高雄で覚えているのは、料理の味だけではありません。
立ち上がる湯気と、忙しく動く手。
笑いながら撮影を許してくれた人。
そんな「おいしい」の裏側まで含めて、今もこの店を思い出します。
ちなみに、黄家美食は現在、閉店してしまったようです。









